診療放射線技師の業務は?

     病院などでの診療放射線技師は,およそ次の10種類の業務をしています.これらの業務には,放射線を利用する画像検査や放射線治療のほかに,磁気や超音波など放射線を使わない検査も含まれております.
    放射線技師は,医療行為として放射線(エックス線など)を患者さんに照射することを業とするほか,放射線の危険度やその防護の方法など,放射線管理の専門的な知識と技能を備えた職業人なのです.
 
放射線を利用する検査・治療
 
    胸部・腹部・骨撮影 X線CT検査 血管造影撮影 集団検診 胃・腸バリウム透視 放射線治療 アイソト−プ(RI)検査

放射線を使わない検査
 
    磁気共鳴画像(MRI)検査 超音波(US)検査 無散瞳法眼底撮影

放射線は人にどんな影響を与えるか?

     放射線は人体の細胞に傷をつけたり,死滅させたりする性質があります.放射線の人体に及ぼす影響は,多くは有害であるといえます.放射線が人体を透過するときに,そのエネルギ−の一部は必ず体内に吸収されます.その吸収されたエネルギ−が細胞内の染色体に切断や突然変異などの異常を起こします.これが放射線障害の根源です.また,これは自然放射線の被曝でも同じことがいえます.
     人体の放射線障害で最も重要なのは,がんと遺伝です.放射線を被曝すると,人体のあらゆる組織・器官にがんが誘発される可能性があります.特に重要なのは,骨髄の被曝による白血病の誘発です.一方,遺伝障害は生殖線の被曝による性細胞の遺伝子損傷が原因となります.これは,その女性が将来何人子供を生むかにも関連してくるものです.
     これら放射線によって生じたがん(例えば白血病)や遺伝障害は,放射線だけにある特有な症状ではなく,被曝しなくとも起こりうる疾病と同じですから,それらが放射線が原因であるとの識別が難しいのです.
     一方,細胞が放射線による損傷を受けても,それがすべてがんや遺伝につながるとは限りません.人間(生物すべて)には,損傷した細胞が修復したり再生する能力があり,放射線に被曝した場合も例外ではありません.放射線被曝による身体的影響(脱毛,皮膚の火傷など)は,その後回復をするのは細胞の修復のほか新細胞への再生が行われるためなのです.これらは被曝した放射線の量が多くなるにつれてその障害の程度も重くなります.(下図参照)


エックス線検査をするための原則は?

     エックス線検査では,患者さんにいくら被曝させてもよいというものではありません.検査を行うにあたっては,大事な2つの前提があります.1つは,不必要な被曝をさせないこと.2つは,被曝線量をできるだけ少なく少なくすることです.
    エックス線検査をするための原則として,国際放射線防護委員会(ICRP)では,次のような勧告をしております.

正当化・最適化

     正当化とは,エックス線検査にあたり,その検査がプラスの結果を生じるものでなければ行ってはいけないこと.つまり,診療や集団検診で検査を受けることのよって得られる利益(メリット)の方が,一方の放射線被曝によって生じる危険度(リスク)より上回っていなければならないのです.
     最適化とは,その正当化が確認された場合でも,検査を行うにあたっては患者さんの被曝を少なくするための最善の方法を用いることです.
     したがって,放射線技師は,この検査にはどの程度患者さんにリスクがあるかを知っている必要があります.ただ検査をするためのメリットだけを求めたのでは,正当化は正しく評価できなくなります.

エックス線検査の危険はどれ位か

      エックス線検査の危険度は,被曝したときの年齢,被曝線量,および被曝した体の部分によって大きく異なるのが特徴です.年齢は若いほど,線量は多いほど,被曝した部分が生殖線や骨髄(造血臓器)が含まれるほど危険度は増すといえます.
     しかし,エックス線検査は,受けたあなた個人の危険度をすぐ評価することはできないのです.エックス線検査のように放射線量が低い場合は,公衆の集団を想定しその中から統計上の計算によって推定する方法で危険度を求めます.その推定計算によりますと,全身に1ミリシ−ベルトを被曝すると,致死性のがんの発生する確率(頻度)は10万人に1人以下といわれております.しかし,エックス線検査では全身に照射することはなく,検査をする部分に限定されますから,その危険はさらに低くなります.
     

放射能と放射線は違うんですか?

     よく放射能と放射線を混同して使われることがありますが,これにははっきりした違いがあるのです.
    放射能とは,ある種の不安定な原子核が放射線の放出を伴いながら別の種類の原子核に変化する性質をいいます.「放射能」のかわりに「放射性」という言葉も使われます.このような物質は放射性同意元素と呼ばれ,アイソト−プ検査に使われるのもこの放射性同位体(ラジオアイソト−プ:RI)です.
     放射線とは,いろいろな種類の粒子線や電磁波の総称を指します.これには,放射性物質から出てくるガンマ線やベ−タ線,アルファ線,エックス線管から作るエックス線のほかに,地球にふりそそぐ宇宙線も放射線の一種です.簡単な例をあげれば,RIを電灯とすれば,宇宙線はその光に相当します.

放射線は体に残りますか?

     放射線を浴びると,その放射線はいつまでも体の中に残るのでは,との疑問があります が,放射線の被曝という現象は熱とか太陽光線を受けるのと同じで体に残ることはありません.体に残るとすれば,それは放射線ではなく放射線の影響なのです.放射線を被曝した細胞は損傷を受けることがあります.この細胞は何回かの細胞分裂ののち死亡します.影響を受けた細胞が死に絶えてしまえば,放射線の影響も残らないことになります(健康な細胞もいずれは老化して死滅しますが,これは放射線で損傷を受けた細胞も同じです.)
     一方,放射性同位体(RI)を体内に投与することもあります.その結果,体内から体外に放射線を出しますが,この性質を利用して行うのがアイソト−プ検査です.この検査には体内から短時間で消滅してしまう半減期の短いRIが使われます.

放射線被曝の制限はありますか?

     放射線の被曝には,その区分として「職業被曝」と「医療被曝」の2つに分けられます.
    職業被曝とは,放射線技師や医師,看護婦さんなどが仕事の上で受ける被曝のことです.これには,ICRP勧告にもとづいてその被曝がこれ以上受けてはならないという限度(制限)が定められております.(下表)
     医療被曝とは,患者さんや集団検診の人達が疾病の診断や治療のため,あるいは健康診断などのために受ける被曝です.職業被曝は,医療法など法律にも定められておりますが,一方の医療被曝は,線量の限度が定められてはいないのです.なぜなら,これを制限することによって,患者さんの受ける利益が損なわれる恐れがあるからです.

    放射線業務従事者の限度は以下のように定められています.

    区分
    実効線量限度
    等価線量限度
    下記以外のもの 5年間100mSv
    年50mSv
    目の水晶体 年150mSv
    皮膚 年500mSv
    女子(妊娠不能・妊娠の意志がないものを除く) 3ヶ月間5mSv
    妊娠を申告した女子 申し出から出産までの間 1mSv 左記の期間 腹部表面 2mSv
    緊急作業時(妊娠中の女子を除く) 100mSv 目の水晶体 年300mSv
    皮膚 年1000mSv

    患者さんの被曝
     制限されていない

小児のエックス線検査は害がありませんか?

     幼若な生物は放射線によって障害を受けやすいことは,医学的によく知られております.ですから,人間の場合でも子供の放射線感受性が高いこと,すなわち,成人よりも放射線による障害を受けやすいのです.その理由は,新陳代謝の盛んな組織・細胞は放射線感受性が高いからです.子供は成人よりも,3〜10倍影響を受けやすいと考えられております.ですから,幼児の股関節脱臼のエックス線検査では性腺を防護しますし,学童の胸部集団検診も廃止されました.これは,「検査を受けるための危険度(リスク)よりも利益(メリット)の方が確実に大きい」との正当化の判断がされにくいからです.

妊娠中にエックス線検査を受けましたが・・・・

     放射線による胎児の影響は,小児よりもさらに大きいとされております.また,それは妊娠月数によっても異なり,妊娠初期ほど影響は大きくなります.胎児(妊娠全期間)に1ミリシ−ベルトの被曝を受けると,出生後がん(小児白血病など)になる可能性は1万人に1.5人以下と推定されております.
     ICRPでは,次のような勧告をしたことがあります.「妊娠をする可能性のある女性は,腹部(生殖腺)の被曝を受ける胃腸透視などの検査は,月経開始後10日以内に行うこと」(10日の規則)
    の期間は,あなたは絶対妊娠していない時期なのです.
     しかし,腹部以外の検査(胸部や四肢など)では生殖腺への被曝はほとんどゼロに近いので,その検査まで避ける必要はないのです.

放射線を被曝すると子供ができにくくなるといいますが・・・

    生殖細胞(精子と卵子)が障害を受けると,妊娠能力が消失します.これは,人間以外の動物で確認されております.このような不妊障害は一時的のこともあるし,また永久不妊となることもあります.その程度は,こう丸あるいは卵巣が被曝した放射線の量によって決まりますが,ごく短期間の一時不妊は約1500ミリシ−ベルトとみられております.
     したがって,放射線業務に従事する職業人のような微量の慢性被曝とか,患者さんのエックス線検査などによる被曝の程度では,一時的にせよ不妊になることはありません.また,すでに出産年齢を過ぎた人は,仮に生殖腺被曝があったにせよこれらの障害とはかかわりがなくなります.

放射線は遺伝にも影響するといいますが・・・

     今まで,人間で放射線による遺伝的影響が生じるという事実は確認されておりません.ただし,ネズミやサル,ハエなどの動物を用いた実験では立証されておりますので,このデ−タを用いて人間の場合の遺伝障害を推測することができます.
    放射線による遺伝は,両親のどちらかが1ミリシ−ベルトの放射線を被曝したとき,その子供や孫に現われる重い遺伝障害の生じる確率は100万人に4人以下と推定されております.一方,放射線以外のさまざまな因子によって10人に1人は何らかの遺伝障害をもって出生するといわれていますので,放射線による障害はこれに比べると極めて低いといえます.この障害は,生殖線の被曝だけが対象となり,その他の被曝は遺伝には関与しません.

放射線の単位を知りたいのですが・・・

    人間の被曝に関する放射線の単位には,次のものがあります.
  • グレイ(Gy):被曝した放射線量を吸収線量として表わす単位.放射線の影響は考慮せず,単に人間や動物などの臓器(皮膚,骨髄,肺,骨,生殖器官など)に吸収された線量の表示として用います.
    1Gyの千分の1が1mGy,百万分の1が1μGy
  • シ−ベルト(Sv):被曝した放射線量を人間の線量当量として表わす単位.放射線の影響を考慮して,人間の障害や防護のためにのみ用いられる単位です.これは次の2種類があります.
    ・組織線量当量(Sv):確定的影響(皮膚の火傷,不妊,脱毛など)の障害の程度を考慮するときに用います.
    診断用X線による被曝では,Gy=Svとなります.
  • 実効線量当量(Sv):確率的影響(がん,遺伝子)による障害の程度を考慮するときに用いられます.
    1Svの千分の1が1mSv,百万分の1が1μSv

     現在,放射線検査は診断・治療の有効な手段として,医療では欠かすことのできない重要な位置を占めております.しかし一方では,放射線は人体にさまざまな影響をもたらすという,人間にとっては不幸な性質をもっております.下表に現在の平均的なX線検査の際の被曝線量を掲げましたが,人体の内部を画像として撮影するには,これらの臓器への被曝をゼロにすることはできないのです.しかし,放射線被曝を減らすことは,国民全体の医療被曝を減らすことにもつながり,これはわれわれ放射線技師にとって最も重要な課題であり,義務でもあるのです.

    X線検査時の皮膚面積量
    (1検査当たりのおよその値:mGy)
    -----------------------------------
    頭部(正面)
    1.96
    胸部(正面)
     成人
    0.18
     子供(3才)
    0.08
     間接
    2.88
    胃(透視、撮影)
     直接
    158.00
     間接
    23.30
    腹部
    2.38
    歯科
    5.84
    -----------------------------------