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今のディフュージョンは何?


【 はじめに 】

 MRIを用いた拡散の研究は,1980年代後半にepidermoidoや脳虚血で始まり,90年代後半に臨床機への高性能傾斜磁場の導入と,急性期脳梗塞での成功により現在では広く用いられています.急性期脳梗塞における拡散強調像(diffusion-weighted image:DWI)は,CT・MRIを含めた従来の画像診断法・装置で描出困難であった梗塞巣を明瞭に描出可能で,そのインパクトは非常に高いものでした.梗塞以外の疾患では,それほどのインパクトはない場合が多いようですが,他のMRIの撮像方法とは原理の異なる新たな拡散という物理現象に基づくコントラストが通常の検査に情報を付加することが,多くの病変で明らかになりつつあります.
 



【 拡散現象とは 】

 拡散現象とは,物理学ではエネルギーや物質が濃度の高い部分から低い部分へと流れ,均一な定常状態へと向かう現象をいいます.現在のMRIで通常みているのは,ブラウン運動で見るような微視的な水分子の不規則な運動としての拡散現象です.水分子のランダムな運動は温度や周囲の環境に従って,その大きさや方向を大きく変化させるので,水分子の拡散現象を扱うことによって細胞の状態などの微視的な情報がMRIで評価可能となります.
 従来のT1,T2値といったMRIのパラメーターとは独立した物理学的現象で,組織の構築,組織の構成物ごとの物理学的性質,組織の微細構造,立体構築などの,今まで画像化するのが困難であった微細構造を反映したMR信号を得ることを可能とします.



【 ADCとは 】

 MRIのボクセルサイズは計測しようとする動きの大きさに比べ非常に大きいため,毛細血管の血流に代表される灌流や他の種々の勾配もボクセル全体を巨視的にみれば,種々の方向を向いており,ランダムな動きとおなじことになります.つまりMRIで計測される“拡散”では,濃度勾配は他の温度,圧力(灌流),イオン勾配などの要因と区別できません.そのため,同じくらいの水分子の動き(移動)をひとまとめにして“拡散”として扱います.そのためMRIでは,拡散係数に“みかけの”をつけた“みかけの拡散係数(apparent diffusion coefficiennt:ADC)”という係数が拡散の指標として広く用いられております.
 拡散強調画像では,撮像時に一対の傾斜磁場(motion probing gradient:MPG)を加えます.そのMPGを印加している間に,拡散により移動したプロトンのスピンの位相の分散の程度により,信号低下を来します.MPGの影響の強さをb value(b factor)と呼びます.
 
ADCの意義はDWIと比べて定量的に評価が可能で,T2強調画像の影響がない点です.計測時のb valueが正確である必要がありますが,それが正確であれば磁場強度や撮像法の違いによる差が理論的にはないという大きな特徴があります.拡散について考察する場合にはDWIだけではなく,ADCも検討する必要があります.



【 EPIとparallel imaging 】

 臨床上頭部領域で利用されているDWIでは,基本的にはMPGを加えて発生させた信号をk-spaceの中心に配置し,長いecho trainを発生させ,一気にk-spaceを埋めてしまうsingle-shotEPIを用いた方法であり,撮像時間は数十秒まで短縮することが可能になりましたが,gradient recalled echoであるためspin echoの信号に比べchemical shift artifact やsusceptibility artifactの影響が非常に多く含まれています.
 特にecho trainの最後の方を構成する信号はそれらの影響が累積しているため,脂肪のはなはだしい位置ずれや空気の周囲での画像の歪みが発生します.そのためDWIでは空間分解能をあげることが困難であり,体部への応用も困難でした(頭部に比べ体部には大量の脂肪があり,肺や腸管内の空気の影響も大きい).parallel imagingは複数の表面コイルの感度差を利用してphase encoding stepを減少させつつ,空間分解能を保つことができるという特徴をもっています.この方法をEPIに応用することにより,artifactが減少し,画質が改善されます.



【 おわりに 】

 拡散強調画像とADCの情報を付加することにより,脳梗塞(超急性期,亜急性期),細胞性浮腫の一部(初期),軸索損傷,悪性リンパ腫,小細胞癌転移,白血病浸潤などの一部,脳膿瘍,静脈性梗塞,脊索種,類上皮腫,脈絡叢嚢胞,出血(超急性期,亜急性期),脳炎,CJD,reversible posterior leukoencephalopathy,osmotic myelinolysis,Wernicke脳症,Wilson病,中毒(COなど),ミトコンドリアの脳筋症,てんかん焦点,MS,悪性リンパ腫,髄膜腫,PNET,germioma,小細胞癌などの診断に有用であるとされています.しかし注意する点として,artifactで高信号となることがあり,必ずしも全例がDWI高信号を呈するわけではありません.
 最近では,parallel imaging techniqueの登場により,体部悪性腫瘍に対する臨床的な有用性についての報告もあります.又, DWIBS(Diffusion weighted whole body imaging with background body signal suppression)を用いて悪性腫瘍の全身分布を調べることも可能です。自由呼吸下でも長時間撮影することが可能であることを見いだし、このように得られた拡散強調画像を用いて、悪性腫瘍の三次元的な表示を行うことも可能になり、PET的な情報として期待されています。




 引用文献

 青木茂樹 阿部修著:これでわかる拡散MRI



学術部 三浦洋平 船橋正夫