【 院内暴力について】

【はじめに】

 昨年、東京慈恵会医科大付属病院で“院内暴力”をふるって一度逮捕された患者が、逆恨みし、再び病院を訪れて職員をナイフで脅すなどして再度逮捕される事件が起きています。また、佐賀県武雄市の病院では入院中の患者が“人違い”によって暴力団員により射殺された事件が起きました。

 さらに今年2月、埼玉県春日部市立病院が行った「医療妨害禁止仮処分命令申立」が、さいたま地裁越谷支部より3月25日付けで相当であると認められ、仮処分が決定されました。この仮処分は、患者の家族に誹謗中傷などの「診療妨害」に当たる行動の禁止を命じたものです。誹謗中傷などの言動が「診療妨害」に当たるとされ仮処分の決定に至ったのは日本でも初めてのことであり、“院内暴力”の問題がクローズアップされています。

【院内暴力とは】

 病院内において患者側から医療従事者へ加えられる暴言・暴力・セクハラ(性的嫌がらせ)・ストーカー等の行為のことであり、医療従事者のみならず関係のない患者が巻き込まれることもあります。ただし患者側に対し、医療従事者が加害者となるケースでも“院内暴力”となります。患者側からの“院内暴力”が起きる原因として、病気によるストレスや不安が引き金となる場合や近年は医療従事者への不満や逆恨みなどの感情から加害行為に及ぶ事例も多くなっています。

【院内暴力の現状】

 社団法人全日本病院協会が「院内暴力など院内リスク管理体制に関する医療機関実態調査」を初めて全国規模で行いました。この調査はアンケート方式で2007年12月20日から2008年1月31日にかけ、47都道府県にある2248病院を対象に実施し、1106病院から回答が得られました(回答率49.2%)。このうち患者から暴言・暴力があったと回答した病院は576病院で、昨年1年間に全国の病院の半数以上で、医療従事者が患者や家族から暴言・暴力を受けていたことが分かりました。そして暴力やクレームの発生件数は6882件に上り、1病院当たり年平均で約12件の“院内暴力”が発生したことになり、現実に“院内暴力”が常態化していたことが明らかになりました。

 “院内暴力”の当事者の多くは患者本人であり、発生件数のうち、暴言を吐かれるなどした精神的暴力3436件(患者2652 件・家族など784 件)が最も多く、患者の暴力でけがをしたなどの身体的暴力2325件(患者2253 件・家族など62 件)より多い傾向がありました。そして、セクハラ(性的嫌がらせ)も935 件(患者900件・家族など35 件)ありました。また、患者の家族からは、精神的暴力が身体的暴力、セクハラ(性的嫌がらせ)に比べて圧倒的に多くありました。

 調査結果から被害が明らかになりにくい、精神的暴力が多いことが分かりました。病気に悩む患者が、身体的・精神的に不安定な状況に陥りやすいことは理解できない訳ではありませんが、一定の範囲を逸脱する行為は社会的にも容認しがたく、また良好な患者・医療従事者関係の確立、治療の障害にもなりかねないと報告しています。

【対応策は】

 “院内暴力”にどう対処したらよいのでしょうか。調査結果から病院側が実際に警察に届け出たケースは、全体の5.8%。弁護士に相談したケースも2.1%にとどまっており、医療現場が“院内暴力”への対応に苦慮している実態が考えられます。また、“院内暴力”で医療従事者が精神的ショックを受けたケースは70.1%、施設の備品が損壊したケースも24.7%ありました。“院内暴力”を受けた医療従事者は、看護師が全体の約9割と最も多く、次いで事務職員や医師でした。ここで“院内暴力”の大きな問題のひとつは、看護師や医師が、患者や家族からの暴言・暴力に耐えきれず、理不尽な要求が精神的ストレスとなって退職する医療従事者が増加していることです。病院で“院内暴力”が横行し、医療従事者を守らなければ、安全で質の高い環境を維持できないという状態になってきました。

 2004年に日本看護協会は、「保健医療福祉施設における暴力対策指針」を示しています。また、厚生労働省も医療機関の安全管理の必要性を理解し、各都道府県に通達を出し、医療機関に安全管理体制を明確化するように指示を出しました。その中で暴力を容認しない掲示や対策マニュアル、防犯設備拡充、警察との連携などを提案しています。

【まとめ】

 医学・医療技術の進歩に伴って様々な治療法が見つかり、病気が治療されていますが、全ての病気が治るわけではありません。残念ですが現実の医療は不確実であり、限界があります。しかし、患者や家族は、「病院に行けばすぐに治る」という安心で安全な医療への大きな期待を持っています。患者と医療従事者では、医療に対しての認識に違いが生じています。さらに、近年は度重なる医療ミスを背景に医療への不信感が増大し、患者と医療従事者の信頼関係は損なわれ、“院内暴力”が増え始めているのではないでしょうか。

 “院内暴力”をなくすためには、患者と医療従事者がお互いに医療のあり方に対して考え、信頼関係を回復することが解決への近道ではないでしょうか。

 以上、私見を述べましたが、会員の皆様はどう思われますか?

【参考資料】

1)社団法人全日本病院協会:「院内暴力など院内リスク管理体制に関する医療機関実態調査」結果について(http://www.ajha.or.jp/about_us/activity/zen/080422.pdf

2)社団法人日本看護協会:保健医療福祉施設における暴力対策指針−看護者のために−(http://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/bouryokusisin.pdf

学術部 樫山 和幸